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2003年11月 1日
まいどのクマガイです。
お呼びですかい?
ほうほう、グーパンチ結成のいきさつね。
ではぼくの視点から。
・・・前世紀末って書くと仰々しいけど、もう10年近く経つのかなあ、日本の音楽シーンの中で、
唯一リアルタイムで世界の先端を走れる分野があった。
そう、クラブミュージック。
ロンドン、東京や京都、ニューヨークあたりで同時に産声を上げた、20世紀最後の文化革命。
当時サラリーマンをしながら音楽をやってたぼくは、これまでみたいなモノマネ直輸入じゃない文化の胎動に興奮して、
思わず会社に辞表を提出してしまったぐらいの魅力溢れるインパクトだった。
実際、東京パノラママンボボーイズをはじめ、様々なクラブ系バンドに参加しましたよ。
有象無象に何か新しいモノが沸き起こる坩堝のような環境に身をおきながら、
どうにもぼくの心に刺さって止まない二人のミュージシャンに出会ったのもその頃だった。
渡辺ファイアーと今福知己。
ちなみに渡辺ファイアーとは「パラダイス山元と東京ラテンムードデラックス」で。
今福知己とは「アモーレヒロスケ&ラブ・マシーン」で。
渡辺ファイアーがぼくに刺さったのは、同じサックスという楽器を使いながらも、
ここまでコントロールしながら熱く弾けるプレイは、自分には到底できないと思ったところ。
今福知己が刺さったのは、こんな破天荒に野太く踊っているベースは、
後にも先にも出会えないだろうと思ったところ。
そしてこの二人とは、いつかどこかで理想の音楽をしたいなあと、漠然と思い続けていたわけです。
月日が流れ、世紀末の闇雲にざわついていた波も一通り落ち着いていたあの頃、
ぼくの部屋では日夜ミーティングが行われていたっけ。
と言ってもメンバーは渡辺ファイアーとぼくの二人。
自分を熱くさせた昔のレコードを何枚も引っ張り出してきたりしながら構想を練った。
結論は、鈍りかけてた自分らのスピリットを鍛え直し、無条件に音に没頭できるバンドをやろうと。
そう決まるとメンバーの人選もすんなり進んだ。
ここぞとばかり、ぼくはベースに今福を推薦し、ファイアーはギターに松ちゃんを推
薦。
ドラムは若くてイキのいい竹内ってのがいいだろうとか、もう音は大体見えてたかな。
とりあえずはバンドのキーとなる楽曲として、カバー曲をいくつか選んでみんなに配った。
今ではすっかりグーパンチの定番曲「No Way」「Do What You Want To Do」も当時から数えると、きっと何百回も演奏してることになるね。
ともかく、何だか自分が楽器を始めた高校生の頃に戻ったような不思議な感じだった。
「バンドやろうぜ!」
すごく当たり前だけどこの言葉に尽きるかな、グーパンチ結成のいきさつって。
(テディ熊谷)
Back number
2003/10/30 松尾 ひろよし
2003/10/25 渡辺ファイアー
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